[読書感想/ネタバレ]仕事なんか生きがいにするな – 泉谷閑示

読書

こんにちは! mnbd(@mnbbbbbd)です。

泉谷閑示さんの「仕事なんか生きがいにするな – 生きる意味を再び考える」には、どのようなことが書かれてるんだろう?

他の人はどんな感想を持ってるんだろう?

実際に読んでみましたので、ご紹介いたします。

本記事では、以下のことが書かれています。 

  • 泉谷閑示さんの「仕事なんか生きがいにするな」の読書感想

仕事なんか生きがいにするな 生きる意味を再び考える

  • 著者
    • 泉谷閑示(いずみたにかんじ)
    • 1962年生まれの精神科医。泉谷クリニック院長。
  • 出版社
    • 幻冬舎新書
  • サイズ
    • 188ページ

目次

  • はじめに
  • 第一章 生きる意味を見失った現代人
  • 第二章 現代の「高等遊民」は何と闘っているのか
  • 第三章 「本当の自分」を求めること
  • 第四章 私たちはどこに向かえばよいのか
  • 第五章 生きることを味わうために
  • おわりに

何が書かれているか

生きる意味について考えることを提案しています。

「生きる意味」を考えるというと、「考えたって意味はない。ただ働けばいい」と言った乱暴な意見が見られますが、生きる意味を見失うと人間は生きていけません。

これまで人類は、ハングリー精神のもと時代を駆け抜けてきました。

しかし、今は自らの存在意義を問う悩みや何をしていいのかわからないという悩みが増えており、ハングリーモチベーションの時代の終焉を感じさせます。

こうした時代に、私たちはどのような価値観を持って、何を指針に生きていけばいいのか。

自らの存在意義に悩んだ時に出てくるテーマについて、先人の思想を参照しながら、考えられたことについて書かれています。

引用

人間は、まず「好き/嫌い」を表明するところから、自我の表現を始めるものです。

p.22

著者は、「何が好きで何が嫌いかわからない」という悩みを持った人が増えているといいます。

これは自我をなくしているということ。生きる意味を考える上で、まずは自我を回復する必要があるということです。

それには何が好きで何が嫌いかについて考えること。

特に「嫌い」から始まると言っています。

アレントも言っていたように、「労働」から完全に離れてしまうことは、人間から活力と生命を奪い去ってしまうことになる。これは、生き物としての一つの真実です。しかし、だからと言って、「労働」によってほとんどが占められるような生活もまた、決して人間的な生活とは呼べないでしょう。

p.91

「労働」は必要なものではありますが、あまりにそれを前提に考えすぎてしまうと苦しみでしかなくなってしまうということですね。

確かに失業している人の精神状態はよくないといいますし、労働の役割というのは一方的な苦痛なものとは言えない気がします。

自分でそのバランスをコントロールしていけるような人生であることが幸せなのだろうと思いますが、私は残念がらそうはいきそうもありません。

また現代では特に、「価値」というものが「お金になる」「知識が増える」「スキルが身につく」「次の仕事への英気を養う」等々、何かの役に立つことに極端に傾斜してしまっているので、「意義」という言葉もそういう類の「価値」を生むことにつながるものを指すニュアンスになっているのです。しかし、一方の「意味」というものは「意義」のような[価値」の有無を必ずしも問うものではありません。しかも、他人にそれがどう思われるかに関係なく、本人さえそこに「意味」を感じられたのなら「意味がある」ということになる。つまり、ひたすら主観的で感覚的な満足によって決まるのが「意味」なのです。

p.106

 「意義」の考え方は、結果的に損得なのですが、個人的にはスキルが身についたり、知識が増えることは好きなことです。 そこに空虚さを感じるということはないわけですが、過剰過ぎると疲れてしまうなとは感じてます。

フロムは、人が「……への自由」つまり「積極的な自由」を実現するために欠かせない要素として、「自発性」ということを強調します。

p.127

自由になりたいと考える時、積極的に自由になろうとするのか、それとも現状から逃れたいがために自由になろうとするのかで意味が違いますね。

前者は人に頼らない独立心、後者は別のものへの依存や服従につながります。

依存や服従ならまた同じことが繰り返されてしまう。こういう考え方は、福沢諭吉の「学問のすゝめ」にも通じるところがあるかもしれません。

人に頼ると早く解決することができるかもしれませんが、その面倒さを自分で引き受けなければ、また同じことが繰り返されてしまう。

そこから学びがありません。

失敗がなければ学びがないので、いずれ恐怖になっていくことも考えられます。

そうすればますます依存からは抜けられません。

そもそも「遊び」というものは「無駄」の上にこそ成り立つのであって、その「結果」はあくまでも二次的に過ぎないもので、「プロセス」のところにこそ面白味があるものです。

p.170

著者は、「意味」を見つけていくために「遊び」が必要だといいます。

大人になると無駄なことをしなくなっていくような気がしています。

時間を無駄にしてしまえば、どこか罪悪感や焦りのようなものが湧き上がってくる。

何ごとも「頭」で考えてしまうと、計画性や合理性が重視されてしまうということ。

そうではなく、「心=身体」で感じるためには、「即興」的に物事を決めていくよう著者は提案しています。

総評

何のために生きるか。

本書を読んで、答えが出るわけでありません。

しかし本書を読むと、ぼんやりと感じていた生きることへの違和感に気づくことができると思います。

書かれている内容には、データのような科学的根拠があるわけではありません。

むしろあえてそういうものを使わないメッセージが本書に込められているのかもしれません。

生活していくことは、きれいごとではないので、生活がキツキツの人には響かない内容かもしれませんが、こうした考え方もあるということを頭の片隅に入れておくだけでも、精神的ゆとりにつながるのではないかと思います。

まとめ

泉谷閑示さんの「仕事なんか生きがいにするな 生きる意味を再び考える」の部分的要約と感想でした。

以上です。
読んでいただきありがとうございました!